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     境内説明

  • @多賀神社 本殿

    【多賀神社御由緒】
    御祭神  伊邪那岐大神 男神(いざなぎのおおかみ)
     伊邪那美大神 女神(いざなみのおおかみ)

     壽命の神多賀大神は、天照大神の御両親にて、御社は古く日の若宮と稱す。
    奈良朝の養老三年に再建し、天平八年妙見大明神を稱へた。
    正平十三年懐良親王願主となり、菊池武光資を献じ、葉室惟言改築す。
    黒田藩政の時、長清社殿を南の山上より今の地に遷し、元禄五年宮司青山敏文は禁裡に願ひ、
    もとの多賀大神に改め、御神馬渡御の御神幸を復興す。
    維新後明治三十五年及び正和十四年境内を拡張し、本殿以下を改築す。
    春季大祭  四月十三日・十四日・十五日
    秋季大祭  十月十三日・十四日・十五日

      美しめ縄かけて祈らむ、いと長き、よはひを守る多賀の社に。
                            正三位有功
                         《境内由緒書より》


  • A楼門

  • B手水舎

  • C社務所 D参拝者待合室

  • E正一位藤姫稲荷神社
    【正一位藤姫稲荷神社】
    祭日  旧初午(現在は三月二十一日)
    祭神  藤姫稲荷大神(宇迦之御魂大神)
    五穀、食物を司り家運隆昌、商売繁盛、事業繋栄の神
     日本書紀には、伊邪那岐・伊邪那美二神の御子神であり当地では宇迦之御魂大神(倉稲魂大神)を藤姫稲荷大神の神名で御祭神として祀る独自の神社です。
     昔から多賀大神の眷族として、この霊地(日若の山)の地主神と称えられ、多賀大神の奥宮の霊力を受けて、その荒魂としての藤姫稲荷大神の御神威は非常に高く、生 活の根源である五穀・食物を司り、家運隆昌と商売事業の繁栄の神として広く信仰を集めてきました。
    約束事には厳しい代わりに真摯な願い事は必ず適えて下さる尊い神として、感謝する人々の信仰は篤く、
    「神は敬うことによりその威を増す」と崇敬を集めています。

  • F貴船神社・秋葉神社
    【貴船神社】
    祭珂  六月一日
    祭神  闇淤加美神 (伊邪那岐大神の御子神)
    水を司る神
    【秋葉神社】
    祭珂  十二月十五日
    祭神  火之加具土神 
     (伊邪那岐・伊邪那美二神の御子神)
    火を司る神 防火の神

  • G須賀神社
    【須賀神社】
    祭珂  七月十四日
    祭神  建速須佐之男大神 
     (伊邪那岐・伊邪那美二神の御子神)
    疫病退散・豊饒の神 智・仁・勇兼備の神

  • H天満宮
    【天満宮】
    祭日  二月二十五日
    祭神  天満大自在天神(菅原道真公)
    学問成就の神(京都北野天満宮よりの勧請)

  • I金毘羅神社
    【金毘羅神社】
    祭日  十月十日
    祭神  大物主神(大國主神)
    海運、経倫、医薬の神

  • J日の若祖霊殿(納骨堂)
    【納骨堂 日の若祖霊殿】
    直方市街地を一致する皆様の「お多賀さん」。
    御祭神イザナギの大神が、終の住処と定められた「日の若宮(日本書紀)」が御座います。
    格式の高さと厳かさ。「日の若祖霊殿」はその御庭に、静かにたたずむ納骨堂です。
    総本山としての当社は夫婦円満の神社としても知られており、みなさまの子々孫々に至るまでの末永い幸せを祈って、ご先祖の御霊をお祀りするのに ふさわしい御霊舎と存じます。
    宮司 青山 和史

  • K稗遺空歌碑
      多賀の官みこしすぎゆくおひかぜに
        われはかしこまる神わたりたまふ
     《裏面》
      脊山かむぬしによす
       つくしの日わかをとりをみに
       ゆかむことをおもへり三とせの後も
     《碑陰》
      昭和四十九年十月吉日 宮司青山大麓。

  • L蛭子社
    【蛭子社】
    祭日  十二月三日(現在は十二月第一金曜日)
    祭神  蛭子神 大國主神 事代主神
    商売繋盛、漁濃繋栄、事業繁栄の神
     本来蛭子神であったが、明治の中期より町内の恵比寿社を合祀するにことになったため、以後大圃主神、事代主神をも祀るようになりました。
    蛭子神は独自の社として他所よりの勧請はありません。
    ※明治二十九年より四十四年に至る間 古町、新町、外町の各恵比専社を各町の懇願を受け合祀する。

  • M石炭記念館
     本館は明治43年に「筑豊石炭鉱業組合」の会議所として建てられた建築物で、現在は筑豊炭田の歴史を伝える資料館として活用されています(直方市有形文化財)。
    施設内には、写真や絵画、模型などのほか、実際に使用されていた蒸気機関車や掘削用大型機械など貴重な資料を多数展示。
     また、「九州炭鉱救護隊連盟」(昭和27年に結成)の訓練場所としてこのエリアを使用していた時代もあり、建物の裏側には現在も練習用の坑道が残っています。
    <追記>
    筑豊炭田は明治の初めから昭和51年までの約100年間に約8億トンの石炭を産出し、日本の産業発展と近代化に貢献してきました。
    筑豊炭鉱が閉山によって少なくなった昭和46年7月「炭鉱の歴史」を後世伝えるため記念館を設置しました。
    所在地  〒822-0034 直方市大字直方692-4
    お問い合わせ  Tel:0949-25-2243 
     Fax:0949-25-2243 
     直方市石炭記念館
    料金  一般 100円
     大学生・高校生 50円
     中学生以下 無料
    休日  月曜(祝日の場合は開館)
     年末年始(12/28〜1/4)
     駐車場  あり・4台
    アクセス  ・JR筑豊本線「直方駅」より徒歩約10分
     ・九州自動車道「八幡IC」より車で約20分
    利用可能時間  9:00〜17:00(入館受付は16:30まで)

  • N吊り橋  O多賀公園
    【吊り橋】
    【多賀公園】
    黄玉樹(おがたまの木)  オガタマノキはモクレン科に属する常緑喬木(きょうぼく)で、元来は古名オキタマ(招魂の意)であり、葉を神前に供して神霊を招祷(しょうとう)奉るといいます。
    また、一説によれば小香玉(おがたま)すなわち香りのよい小型の宝形の果実がなるという意味であるともいわれます。
    古来より神前に供えるサカキ(榊)はむしろオガタマのことを指すという説もあります。
    樹皮は暗灰緑色で平滑、葉は長楕円形でつるつるしており、香料の材料にも用いられます。春に直径3cmあまりの花をつけ、樹皮から「とりもち」をつくり、材木は器具の材料や床柱に使われます。
    この樹の規模は、胸高周囲3.1m、根回り12.9m、樹高18.0m、枝張り東西15.7m、南北15.6mです。
    野見山朱鳥句碑  問い合わせ
       直方市教育委員会生涯学習課
       電話 0949-25-2326
多賀神社
〒822-0016
福岡県直方市直方701
0949-22-0125

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